kissmenerdygirlです。
2018年ベスト音源集を書き出したり、今後ブログで記事を書くに当たって、まず音楽的遍歴を紹介させて頂きたいと思います。
僕は1995年2月に生まれました。
流石に幼稚園児までの記憶は曖昧なのですが、家にだんご3兄弟の8cmCDとCDプレイヤーがあり、ひとりで聴いていたことは覚えています。
今では考えられないのですが昔は何だか陽気だったようで、電車で郷ひろみの「GOLDFINGER '99」を踊り(?)、乗客のお婆さんからポッキーをもらうというようなことがあったようです。
小学生に上がる頃には世間ではモーニング娘。が大ウケしていたようです。
小学校から自宅まで約3kmあるのですが、初めて1人で歩いて登校する際には「LOVEマシーン」を歌って頑張って行きな!と言われた記憶があります。多分歌えたんだと思います。
さて、小学校から自宅まで3kmあると、雨の日は登校がちょっと大変です。
そこで、父がよく車で送迎してくれたのですが、父は「キングギドラ」「K DUB SHINE」「ライムスター」「妄走族」「般若」「剣桃太郎」などのアルバムを買い揃えている人でした。
母が同席していない時の車内BGMはゴリゴリの社会派日本語ヒップホップを往復6km分聴いていたことになります。
これは多大な影響が自分にあったと思います。
特に「K DUB SHINE - オレはオレ」は普通に歌えるくらい聴きました。
この曲については基本アルバムしか買わない父がシングルCDを持っていたので、父もお気に入りだったんじゃないかなと思います。
ただ、周りの友達にはヒップホップがわかるような人間は多分全くおらず、学校では昨日やってたアニメの話題を話したりしていたので、少年ジャンプ系のテレビアニメを見つつ、たまに主題歌のCDを買ったりした程度で、熱心にバンドを追いかけたりとかはしませんでした。
それが小学校~中学校まで続きました。
中学校の頃は周りがBUMP OF CHICKENとか聴いていたのですが、そういった邦ロックには興味を持てず斜に構えて過ごしていました。
完全に中二病にヒップホップの影響が重なってしまっていました。
今でも邦ロックは全然聴かないんですけど・・・
中学2年の頃に、快適なインターネット環境を手に入れました。
そこで、同級生がやっていたある小さなSNSサイト(厳密には掲示板サイトらしい?)に登録し、そこで初めてインターネットの人々と交流することを始めました。
そこで「jubeat」「beatmania IIDX」というアーケード音楽ゲームと出会いました。
同時期にTwitterに登録しました。
そのサイトで情報を得つつ中学3年の頃からゲームセンターに通うようになり、様々な音楽ジャンルの名前を知ることになりました。
テクノ・ハウス・ハードコアなど。
その中でも特にハマったのがトランスです。
jubeatからIIDXに移行して結構出来るようになった頃(経験者の人にわかりやすく言うとSP六段です)、Twitterで知り合った人と初めて会うことになりました。
お互いトランスが気になるということで、TSUTAYAで借りた「EXIT TUNES TRANCE RAVE BEST」とかをホニャホニャしたりなどしてどんどんハマって行きました。
後々調べると、その頃にはとっくにトランスはダサいものとなっていたみたいなんですが、クラブシーンなんて全然知らないので、こぞって聴いていました。
その人とは数年に渡って何度も遊んでいて、今は無き渋谷GUHROOVYに下調べゼロで買い物に行ったりしました。
とりあえず入っちゃったし記念という事で、お互いフィーリングで1枚選んで買うことになり、僕は「RoughSketch - DISTORTED CHILDLEN」、彼はサイケトランスのコンピレーションアルバム「θComplex」を買ったのを覚えています。
ある時その人に「DTM始めたいんだけどひとりじゃ心細いから一緒に始めよう」と誘われました。
ちょうどその頃はTwitterでも、音ゲーをやっていた人がDTMを始めて同人界隈で活躍するという流れが活発で、少し気になっていたところでした。
彼はすでにSONARというDAWを買っていたのですが、僕はタイムラインで話題だったFL Studioをどうにか購入し、ちょっと触ったりはしていました。
高校2年の頃にiPod touchを購入し、iTunes Musicを使ってインターネットで音楽を買うようになりました。
同時期に島村楽器のDJ機材のデモ機にMaltine Recordsの音源がいくつも入っているのを見つけ、「芳川よしの - Lovely Rainy Day」を入れて聴いていました。
また、音ゲーではないクラブミュージックに興味を持ったのもおそらく同時期だったと思います。
きっかけは忘れましたが、SkrillexやZeddをその頃に聴いていました。
もちろん学校では周りにクラブミュージックを聴いている友達はいませんでしたが、インターネットがあるのでもう全然関係なかったです。
そして高校3年の頃、Skrillexが初来日するという事で、学校をサボって新木場まで1人で見に行き、世界レベルの表現と本当のクラブの音響を体感しました。
絶対に前にいかせてもらえないような熱狂した人の波や、心臓を無理やり叩かれているような低音や、目まぐるしく入れ変わる映像に凄く刺激を受けたのを覚えています。
そこからしばらくは、主にEDMと呼ばれるクラブミュージックを追っていました。
ただ、いつ頃だったかはもう覚えていないのですが、EDMがダサくなった頃にはもう聴かなくなっていました。
しかしDTMはずっと続けていました。
中学の頃に始めたSNSっぽいサイトにmp3が投稿出来たので、(今となっては聞くに耐えないような)未熟な音源を上げて、そのトラックにラッパーの人がラップを載せてくれたりなどして、少しづつですが音楽での自己表現もしていくようになりました。
そんな中「水星」がリリースされ、モロに影響されたりなどもしました。
そのSNSサイトが閉鎖した頃に、SoundCloudに曲を投稿したりディグったりを開始しました。
2014-2015年くらいだったと思いますが、主にEDMっぽいトラップやFuture Bassなどをディグっていたと思います。
YouTubeのAll Trap Musicというチャンネルも参考にしていて、Lidoなどの未だに聴いているようなアーティストと出会うことも出来ました。
USのラッパーもこの頃からチェックするようにしました。過去のラッパーもこの時期に色々調べて、Death Row Recordsのコンピアルバムを買ったりもしました。
そして2015年末にYouTubeでFuture Funkと出会い、より深いディグを重ねるようになりました。
ここからは最近のことなので簡潔に行きます。
2016年にはFuture Funkの国内のプロデューサーを集めて「ピンクネオン東京」という集団を開始。
2017年にDJを始め、もっともっと深いディグが必要に。2017年5月にはバイブス≒機運とともに「vibesmeme」を結成。
2018年は新しいハウスミュージックパーティ「Sylvie」をDJのhypeさんと開始。
そして現在に至ります。
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色々乱雑になりましたが、まとめると
- 父の「英才教育」のおかげでラップに抵抗がない
- 音ゲーでクラブミュージックを知り、インターネットでEDMを経由しベースミュージックにハマった
- 最近はFuture Funkというジャンルで活動、国内の同ジャンルを作る人間を集めて奇天烈な集団をやっている
- DJまで始めてしまい、ハウスミュージックのパーティーまでやっている
といった感じです!
よろしくお願いします!
SoundCloud: soundcloud.com/kissmenerdygirl
Bandcamp: kissmenerdygirl.bandcamp.com
Bandcampファンアカウント: bandcamp.com/kissmenerdygirl
ちなみに個人でもDJのオファー待ってます!
Twitterか kissmenerdygirl@gmail.com まで!
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